『米軍のコロネット作戦に対する日本軍の防衛』掲示板
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第140師団歩兵第401連隊
投稿者:
ネーモン(管理者)
投稿日:2005年 1月31日(月)22時04分30秒
Yさんへ。連日の書き込み有難うございます。
第140師団歩兵第401連隊は、本土決戦の為の陣地構築を
実施した部隊です。上記の部隊を判りやすく明記したページは
私の知る限りでは、残念ながら存在しません。私の書き込みが一番、
判りやすいかも知れませんね。歩兵連隊ですので、
切り込み隊の壕を造ったり、銃眼坑道を造ったり、
交通壕を造ったりする部隊です。401〜404連隊まであります。
西は大磯二宮、北は伊勢原のほか藤沢や江の島、鎌倉に配備されたと
思います。上記の歩兵師団が構築した本土決戦陣地跡は、附近の丘陵に
意外と点在しているものですよ。お時間があったら、探して見に行ったり
記録に取ったりしてみて下さい。
Yさんがご覧になった壕を私は見ていないので、
何とも言えませんが、民間の防空壕や所蔵倉庫の可能性もありますね。
近くに確かに捕虜収容所がありましたね。
管理人様へ
投稿者:
Y
投稿日:2005年 1月30日(日)22時26分3秒
私は、普段こういうものを調べているものではありません。壕の存在については至近の栄光学園に在学中に偶然知りました。中に入ったのもその時の事です。当時は戦時中の壕とは知らなかったのですが、通常の洞窟や古墳とは違った、鍵型に掘り込んだ入り口やいったん上ってから入る構造などに不審を抱いておりました。今回、とある情報を調べていて、管理人様のホームページ(のYAHOOに保存されていたキャッシュ)をみて、戦時中の壕であると確信し、掲示板に投稿させて頂いた次第です。現在はすぐに調べにいける環境にはおりません。残念ながら…
なお、位置ですが、より詳細に申しますと東経139度31分25.64秒、北緯35度21分01.32秒(手元のゼンリン電子地図帳による測定)の山の下になります。
竜宝寺をはさんで反対側の山(東経同20.27秒、北緯同20分49.23秒)付近に海軍の捕虜収容所があったということなので、それと関係があるのかと思っていました。
第140師団歩兵第401連隊ですか…どのような部隊だったのですか?
もし簡単にわかるページなどがございましたらアドレスなどを教えていただければ幸いです。
Yさんへ。
投稿者:
ネーモン(管理者)
投稿日:2005年 1月30日(日)21時29分49秒
貴重な情報を有難うございました。
大船ですと、第140師団歩兵第401連隊関連の遺構でしょうね。
貴兄のご覧になられた遺構をもっと、いつ?どこで?なにが?と
言ったふうに、もっと具体的にお調べになられる事をお勧め致します。
貴兄は、どんな事をメインにお調べになられているのですか?
興味があります。
大船の壕
投稿者:
Y
投稿日:2005年 1月30日(日)00時29分3秒
大船の栄光学園の裏の山(北条家の五輪塔の下)に小型の地下壕と思われるものがあります。
入り口付近が鍵方に掘り込んである事、入り口から、いったん上ってすぐに下る形になっている事から、遺跡などではないことがわかります。
3つくらいの出入り口があり、奥でつながっています。山の反対側にも出口がありました。
10年前頃は落盤などもなくかなり綺麗な形で残っていました。(反対側に通り抜けが出来ました)
真鶴町の軍事遺構について、他。
投稿者:
ネーモン(管理者)
投稿日:2004年11月 8日(月)22時47分7秒
現職さん、初めまして。書き込みを有難うございました。
さて早速、御質問の内容ですが私もイマイチ目下調査中、取材中ですので
真鶴湯河原地区に関しては、よく判らないのが現状です。
「ちび弾」は恐らく平塚か寒川で製作されていた物が運ばれたのではないでしょうか。
昨年、平塚寒川あたりで「ちび弾」が発見されたと思います。また、私は化学兵器や大砲の専門家では
ないので正確で確かな事は申し上げられませんが、御参考程度に独自の調査で明らかになった事を
記しておきます。
配備部隊、
第84師団の歩兵連隊の一部が配備されたのでしょう。
日本側の化学兵器について、
来るべき本土決戦に備えて日本側でも化学兵器を準備しておりました。
特に戦車連隊に配備されていたようで、匿名を条件に当時の関係者から御教示を頂いております。
戦後は米軍に見付かると不都合な為、早々に埋没処分されたとの事です。埋没された場所は、
断定できておりますが、掘り出された記録を知らないので、今もそのままなのでしょう。
尚、化学兵器の種類に関しては専門家でない為、判りません。
真鶴地区の火力配置について、
私の独自の調査によると、現職さんのおっしゃる通り、西念寺付近の丘陵に
現135号線を制圧する為に2〜3ケ所の洞窟式砲台が準備されたようです。
大砲に関しては、小さな榴弾砲クラスの物と推測出来ます。なお、この陣地は
終戦早々に陣地内部の抗木を撤去した為、崩落消滅したようです。
また、135号線「石名坂」バス停東方400mの海岸には、15.5cm砲1門砲台が
構築中でした。形状はトーチカ状を呈しており、軌道に載っていたとの証言があります。
この砲台は洞窟式ではありません。現在は、もちろん消滅しております。
ほか、現在は消滅した遺構も多いと思いますが、真鶴サボテンランド付近には
高射砲陣地を構築中。しなづる幼稚園付近に対空監視所、ししどの岩屋付近、岩港付近ほか
多数に特攻艇陣地が多数存在。。。その他諸々。。
ちょっと書ききれないので、的を得ているか判りませんが、
これ位で終りにしたいと思います。何かありましたら、メールを戴きたいと
存じます。
神奈川県西部の作戦について
投稿者:
現職
投稿日:2004年11月 7日(日)02時47分48秒
はじめまして。
H16.10.23に神奈川県西部の湯河原町で「チビ弾」に酷似したガラス容器が発見されました。中身は変質・硬化しており特に被害もなかったようです。詳細確認は町がこれから専門研究所に持ち込んで確認するそうです。
私は現職として先人の努力・功績に敬意を抱くとともに、遺棄弾等が残存する恐れがある場合には事案が発生する前に注意喚起等により被害を最小限にする、または、捜索回収できないだろうかと考えています。そこで私は、当時は真鶴半島を含めた湯河原町地域でどのような任務に基づいてどのような規模の部隊が陣地構築をしていたのか?を知りたいと思っています。
地元の古老に伺ったところ「福浦」から「鍛冶屋」地区を陣地前縁に真鶴町西念時の裏山を核心に至る幅1.3km・縦深2km程度の地域に準備したらしいのですが、はっきりしません。
現地地形を確認したところ、確かに反斜面を利用して真鶴駅付近にKZを設けて側・背射できる地形にありますが、今ひとつ根元たる「任務」と「指揮下部隊」がわかりません。
作戦計画・作戦図はもちろんですが任務・編制・装備がわかれば、他に残る「チビ弾?」捜索の地域が限定できるかもしれません。 どうかよろしくご教授ねがいます。
「自分の年表」を知ってますか?
投稿者:
英ちゃん
投稿日:2004年 8月19日(木)19時13分24秒
一人一人に歴史があります。「自分の年表」という本をご存知ですか。
思い出を書き込むことで、自分史ができます。年、月単位で、
その月に起こった出来事、流行ったことがすでに印刷してありますので、
容易に思い返すことができます。「聞くよりも、見て知る、親の深い恩」
http://www.armine.jp
で本の内容をみることができます。改定8版で穏やかなベストセラーです。
http://www.armine.jp
甲斐さん、
投稿者:
ネーモン(管理者)
投稿日:2003年 5月24日(土)22時15分9秒
大磯の建物の情報を有難うございます。
拝見致しましたが、私は安田邸が何処にあるか
イマイチ把握しておりません。おはずかしい、、。
先日の資料、喜んで頂いて何よりです。
大磯の情報
投稿者:
甲斐
投稿日:2003年 5月23日(金)01時14分34秒
甲斐です、こんばんは。
いただいた資料、大変興味深く読ませていただきました。
特に、
7、三浦半島にみる近代化と都市化
が、ここでしか得られない貴重なご当地資料なので良かったです。
私の入っているメーリングリストから、大磯の情報をふたつ。
http://www11.ocn.ne.jp/~oiso/yasudatei-koukai.htm
http://www.scn-net.ne.jp/~oiso/keika.htm
せっかくですから、見に行かれてはいかがですか?
大磯といえば、箱根駅伝で通りますね。
毎年テレビ中継を見ています。
では。
甲斐さん、
投稿者:
ネーモン(管理者)
投稿日:2003年 5月12日(月)20時20分52秒
一昨日はこちらこそ、どうも有難うございました。
今度は、ゆっくりと皆さんで第1海堡に上陸したいですね。
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